研究者のために
深遠な哲学と体系的な思想
ギャーナ・ヨーガ、パタンジャリの『ヨーガ・スートラ』、ヴェーダーンタの形而上学を扱う、内容の濃い哲学的講演です。専門的な哲学用語に親しんでいる読者に向いています。
マーヤーと神観念の進化
第4章 マーヤーと神観念の進化 (1896年10月20日、ロンドンにて講演) マーヤー(Māyā)の観念は、いわばアドヴァイタ・ヴェーダーンタ(不二一元論のヴェーダーンタ)の根本教義の一つをなすものであるが、それが萌芽の形ではすでにサンヒター(Samhita)のうちにさえ見いだされること、そして実際、ウパニシャッドにおいて展開される観念はすべて、何らかの形ですでにサンヒターのうちに見いだされ...
絶対者と顕現
第6章 絶対者と顕現 (1896年、ロンドンにて講演) アドヴァイタ(不二一元論)哲学を理解するうえで最も把握しがたい問題、幾度となく問われ、そしていつまでも残り続けるであろう唯一の問題とは、こうである。いかにして無限なるもの、絶対者が有限なものとなったのか。私は今からこの問題を取り上げ、それを説明するために一つの図を用いることにする。 ここに絶対者(a)があり、これが宇宙(b)である。絶...
一切の中の神
第7章 一切の中の神 (1896年10月27日、ロンドンにて講演) すでに見たように、われわれがいかに抵抗しようとも、人生の大部分は必然的に悪に満たされざるをえず、この悪の塊はわれわれにとって実際上ほとんど無限である。われわれは太古の昔からこれを正そうと苦闘してきたが、すべてはほとんど元のままである。救済策を見いだせば見いだすほど、われわれはいっそう微妙な悪に取り囲まれていることに気づく。ま...
プラーナ
第3章 プラーナ プラーナーヤーマ(調息)は、多くの人が考えているような、呼吸に関する何かではない。実際、呼吸はそれとはほとんど関係がない――関係があるとしても、ごくわずかである。呼吸は、真のプラーナーヤーマに到達するための多くの修練のうちの一つにすぎない。プラーナーヤーマとはプラーナ(Prana)の制御を意味する。インドの哲学者たちによれば、全宇宙は二つの素材から成り立っており、その一方を彼...
6月19日水曜日
(弟子ミス・S・E・ウォルドーの記録) 1895年6月19日、水曜日。 (この日は、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダがサウザンド・アイランド・パークにおいて弟子たちに毎日授けた、定例の教えの始まりを記す日である。われわれはまだ全員がそこに集まってはいなかったが、師の心はつねにその仕事にあったので、師は共にいた三、四人に直ちに教えを始められた。この最初の朝、師は手に聖書を携えて現れ、『ヨハネによ...
ロンドンのインド人ヨーギー
インドの哲学は、近年、多くの人々の心を深く、しかも次第に強く惹きつけてきた。しかし今日に至るまで、この国でその解説者となってきたのは、考え方も教育もまったく西洋的な人々ばかりであって、その結果、ヴェーダーンタの智慧の深奥にある神秘についてはほとんど何も知られておらず、そのわずかな知識も限られた少数の人の手にあるにすぎない。主として文献学者の利益のために作られた重々しい翻訳も、東洋のあらゆる伝統のな...